盛大にフレンドリーファイヤーしてるので、苦手な人はお戻りください。
汐日の刀に呪いをつけた話。
「頼む」
子どもたちの出撃を終え、帰ってきた自分に汐日ちゃんさんが誰にも聞こえないように小さな声で言った。
門前で戦果や戦況を確認している会話が飛び交う中、声は自分にだけ届いてすぐに消える。
自分と汐日ちゃんさん。二人でずっと悩んでいたことがあった。
完全なる自己満足で自己完結な計画。誰かのためになるかもしれないが、誰のためにもならないかもしれない。そんな自分たち二人だけの秘密。
言い出したのは汐日ちゃんさんだが、自分も自分の意思でその考えに乗った。白骨城で敗戦をした後から少しずつひっそりと交わしていたもの。一人、また一人と子が来る度に愛おしく、躊躇っていたもの。
最終的にどうするかを、雪月を訓練して決めたいと言った彼女に全てを任せ出撃した。そして、先程答えを貰ったのだ。
告げるだけ告げると、汐日ちゃんさんは軽やかな足取りで皆の方へ戻っていく。それに反するように自分は動きを止めてしまった。
「風くん様?」
「…すみません、ちょっと考え事をしてただけです。大丈夫」
曖昧に笑いながら、心配する天火くんに合わせて動くを再開する。どっちになってもいいように覚悟を決めていたはずなのに情けない。
望んでいたくせに、やはり実際にそれをするとなると怯えている自分がいるのを自覚する。
(…だからこそ、託したんでしょうけどね)
自分では決められない。だから彼女に決めてもらった。なら、実行するのが、誠意だ。
きっともうそれほどもたないだろうに、汐日ちゃんさんは顔色ひとつ変えずに過ごしていた。
それでも、時より苦しそうに喉が息を吸えずにいた。話そうとして声にならないことがあった。終わりは近いのだと感じずにはいられなかった。
迷っている時間など、もうないんだ。
散歩に出たいと言った汐日ちゃんさんに付き添いという形で二人きりになった。もちろん、散歩が本来の目的ではない。町の外れ、誰もいないことを確認し、汐日ちゃんさんが立ち止まる。
「…いい?風星」
「はい。大丈夫です」
整備したばかりの継承刀、宙を取り出す。陽の光を反射する刃は、素人の自分でもよく斬れるだろう。磨く度にこの刀は強くなる。それは汐日ちゃんさんに命をほんの少しずつこの刀がもらっているからだ。
共に強くなっていく刀。それは文字通り、魂を分けている。…でも、汐日ちゃんさんの、自分の願いを叶えるにはそれだけでは足りない。もっともっと染み込ませないと、それには至らない。
「ちゃんと…言っておきます」
「? なに?」
「自分の主は圭ちゃんさんです。あの人のためになるならば、と言う動きが自分の軸です」
「知ってる」
「はい。ですから、汐日ちゃんさんの願いを叶えるのも、あの人のためになると思っているからというのもあるんです」
無防備に立っていた汐日ちゃんさんが、表情までも無防備にさせる。
きょとんと彼女がするには珍しい、間の抜けた顔だ。
「…びっくりした」
「なにがです?」
「汐日にも優しいんだ」
今度は自分がきょとんとしてしまった。
今の言葉のどこに、優しいという要素があったのだろう。
「だって、それ汐日のための言葉でしょ?ごめん、風星はてっきり、主である圭ちゃんと弟である天火に優しくて、汐日にはそうでもないと思ってたから」
優劣をつけているつもりはなかったが、そんな風に思われていたのか。本音を求める汐日ちゃんさんに対して、言葉が他の人より少なかったのは事実だ。
でも、だからと言って汐日ちゃんさんを蔑ろにしたつもりはない。だって、
「…優しさ、望んでました?」
圭ちゃんさんと天火くんと同じ対応を望んでいるなんて思わなかった。
またきょとんとした顔をされたかと思ったら、今度は盛大に笑われる。分かりやすい人だけど、だからこそ汐日ちゃんさんのことは分からない部分が多い。
自分にはない感情の起伏をされる。でも、そこが魅力的な人だ。
「全然。最高の距離感だったよ。じゃなきゃ、こんなこと頼めなかった」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
「うん。褒めてる。ありがとう。風星」
「こちらこそ。汐日ちゃんさんのためになれることも、自分の人生において、素晴らしいことです」
汐日ちゃんさんが両手を広げる。
お喋りはここまでだ。あまり長く外に出ていても心配して誰かが探しに来てしまう。両の手で、刀を構えた。整備の後、確認のために覚えた刀の振り方がまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
彼女が覚悟を飲むように息を止めた瞬間、刀を振り上げた。
ずっと彼女が振るっていた青色の刃が白い体に受け止められる。どれだけ討伐に出ても、痛みはあるし、身を引き裂かれる感覚にはなれないのだろう。無意識に彼女の手が動き、刃がこちらを向いた。
「いてて…まぁ、やっぱりそうですよね。あれだけ練習していれば、無意識でも反応はしますよね…」
敵の攻撃をいなす、燕返し。汐日ちゃんさんが作りだした奥義。
いつでもできるようにと何度も何度も練習をしていた彼女を見ていた。それこそ、刀がなくても返せるような練習もしていた。生命の危機に陥ればやるだろうとも思った。
…そう思っていたからこそ、思いっきり斬りかかれた部分もある。死に近く、しかし至らないところで止めてくれるだろうと。
「二人の血も吸わせてしまいましたね…」
いや、正確には三人。宙は圭ちゃんさんの血もあの時吸ったのだから。
仕えている一族の血は刀にとって毒でしかない。毒を浴びれば、刀はそれに侵されてしまう。そしてできあがるのが『呪い』。
絶対にそれが呪いに変わるという確証はない。でも同時に、絶対に呪われないとも限らない。彼女を噛み砕いた大江ノ捨丸をこの刀は恨んでしまう。
本来ならば望まれないもの。避けたい呪い。でも、汐日ちゃんさんはそれを絶対にしたかった。
そうすれば、呪いを解くために大江ノ捨丸に挑むしかなくなるから。
別に、刀を蔵に仕舞いこんでおけばいいだけの話でもある。しかし、汐日ちゃんさんという人を知っている自分らはそうだとは思わないんだ。これは、彼女からの言伝だと思うだろう。特に、圭ちゃんさんは。
彼女にだけ伝わればいい。それだけの呪いだ。だからこそ、あまりにも自己満足に過ぎないんだ。
「自分が、天火くんほど優しくて強ければ、圭ちゃんさんほど汐日ちゃんさんを支えに思っていれば、断ったんですかね…」
自分も挑みたい、そう思っていた。でもそれがこんな形でなくていいとも分かっていた。あまりにも強すぎる後押しなのだ、これは。
ただ一言、今年に仇を討って、と言うだけで伝わる話かもしれない。こんな方法取らなくてもよかったかもしれない。他にももっと方法があるかもしれない。
でも、自分たちがいいと思ったのがこれだったのだ。
呪いという強烈で曖昧な意思の示し方は、どうとでも取れる。確かにここに汐日ちゃんさんの意図がある、自分の意図がある。でもそれはどんな形をしているかは、受け取り手に任せることができる。
押し付けるような強すぎる後押しを、絶対的な意味で受け取らなくていい、この形が一番だと思ったんだ。
例えこの手で、家族を斬ることになっても。
「あぁ…ダメですね…」
頬を涙が伝う。いくら覚悟をしていたと言っても、手のひらに広がる人を斬った感覚が怖くて悲しくて仕方がない。大筒士である自分は、鬼でも人でも、この感触を味わうことはなかった。
それをはじめて知ったのが、大好きな姉を斬った今だ。
これを自分は一生忘れないだろう。短い人生が終わっても、一生。
まとわりつくこの刺激が、自分への呪いだ。
「それでも…それでも、嬉しいとも思ってしまう…」
汐日ちゃんさんの役に立てたことが。
泣きながら笑い、震える心で震えない手をもう一度振り下ろした。
おわり
この後、風星が回復したら汐日は「いってー!!!」って言いながら起きて、「呪いちゃんとついた~?」って普通に聞いてくるくらいには元気です。
自分一人じゃ斬った後の処理ができないし、イツ花さんでは回復はできない。なので一族の誰かの協力が必要だった。それ以前に汐日自身は刀に魂を込めるやり方、呪いをかけるやり方を知らない。整備している風星なら知っているんじゃないかと声をかけた。
そんなお話。
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